「winの反抗と抵抗」というブログを書き始めて3年が立ちました。winは18歳になる猫の名前です。manmaは夫が私に使う呼び名です。 ごく一般的な母のつもりで子育てをしてきたのですが、27年の歳月の結果は意外と普通ではなかった。(笑) しかし、今求められている子育てのヒントがありそう・・・なんておこがましくも考え、少しでもお役に立てたなら嬉しいとな思っています。(^^ゞ

2010年11月11日

反抗期

すっかり秋になっていしまいました。

昨日までは、かなり寒く感じていたのですが、今日は小春日和です。




さて、今日は反抗期について。




反抗期というのは自我の目覚めです。


他人と自分いう構図を理解し、自立した自分をイメージできるようになった時に起こります。



第一反抗期は可愛いもので、「自分でするもん!」「お手伝いできるもん!」「イヤだ!」という自分の意志を明確に示す態度をとりはじめます。



第二反抗期は十歳代から二十歳代に数年訪れます。

自我同一性、つまり自分は結局のところ誰で、どこから来て、結局どこへ行くんだろう?と考える過程で生じる苦悩が心の中の奥深い所で湧き上がる苦悶の時期です。


平たく言えば、自己を確立し認める作業の工程で、家庭の中の自分、社会のなかの自分、両親にとっての自分、学校における自分を自覚し自己肯定や自己否定、他者否定・肯定を行いながら自分を認識していく時ということになります。



親はこの成長段階において、子どもの変化に戸惑いがちです。


慌てることなく、自己を確立している事を理解して見守ることが肝要ですが、他者否定で両親や教師に対して攻撃的になることがあります。


まだまだ、狭い思慮思惑の中で考えを廻らせているのですから壁にぶち当たる事も多いです。


そんな時は、視野を広げる知恵を授けてやると新たな境地に至り子どもは救われます。

例えば書物を紹介する、ボランティアを勧めてみる、小さな冒険に出してみる。



中には自分の苛立ちが何が原因なのかを知らないで苦悶している子供もいます。

自分探しの芽を少し刺激してやることで、行く方向性が見出せるかもしれません。



又、社会や大人に対して敵対的態度を取る子供もいます。

特に自我の強い子に見られます。正義感や倫理観、歴史的思想、市井の中の真実、・・・自我の強い子どもへの刺激は世の中に溢れています。それらから学ぶことで強い自我を捉えることができるかもしれません。



自己同一性の答えは自分で出すものです。


自分はいったい何物なのか。



ひとりで考えたい時期なのです。そっと見守ってやってください。





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2010年09月20日

子ども部屋

0歳〜3歳位までの子どもは親の視線や声の範囲の外にまで行動範囲を広げようとはしません。



他の動物同様に命の危険を本能的に察しているように思います。





しかし、うちの子が小さいとき、冒険心旺盛なお子さんがいてヨチヨチ歩きの頃三輪車にまたがり(漕げない わーい(嬉しい顔))町内を一人で歩く男の子がいました。



静かな住宅街でしたから親御さんも気にしていらっしゃらない様子でした。



お医者さんのお子さんでしたからとても興味を感じて、複雑な立体図とその展開図を示した絵本を見せたところ全て正解でした。まだ2歳でした。言葉はほとんどしゃべれませんでしたが興味の芽は確かに伸びているようで、冒険心と興味が本能的な不安を消し去ったようで、頼もしく思ったものです。黒ハート




さて、子ども部屋。




我が家では、子ども部屋として個室を与えたのは小学校高学年になってからです。



それまでは目の届く範囲に勉強机を置いてそこで宿題をさせました。



決して親が横に着いて勉強を強要したりしません。



子どもの後姿で集中力を見ていました。



子どもは遊びに行きたければ集中してスピーディーに宿題のノルマを終わらせようとします。


雑にならないよう見守ることも大切だと思っていました。




親が子どもの様子を見るポイントは宿題の中身ではなく、後姿から読み取れる勉強への姿勢と気持ちだと思います。



親は勉強の中身を見てやる必要は無い。と思っていました。

公立の小学校の授業に付いて行けないならば塾に行かせることも考えなければなりませんが、「親は教えないよ」と言ってしまうと子どもは授業を一生懸命に聞くようです。わーい(嬉しい顔)

そうすると、頼れるのは先生だけになりますからしっかり授業を聞く状況が自然に生まれます。親は楽です。

机で宿題に集中する癖が着く事は親に取っても楽です。


「宿題だけは必ずはしなさいよ」と指導しました。





あとは自由にさせました。
ドリルが要るなと子どもが思えば買ってくれというでしょうし、お友達が公文に行っているから自分も行きたいと思えば「行きたい」と言うだろうと思っていました。





両方とも一度も要求されることはありませんでしたが、算数で85点を取ったとき泣いて悔しがりましたので、ドリルをしなさいと買い与えたことがあります。
結局2.3ページであとは真っ白。

腹が立ちました。(笑)






その後、中学受験塾で算数がトップレベルでは到底ないことが分かり公文に行かせましたが、泣いて抵抗して、挙句の果ては公園で遊んでいたようです。


これで、私は理数系の道は無いなと悟りました。(笑)










リビングのテーブルで宿題を広げられると見なくていいものが見えてしまうのでついつい要らぬ口出しをしてしまいますが、少し離れた場所だと過干渉にならずに済みます。

ただ、中学受験の塾に行くようになって難問奇問に取り組む時は親も少し困りました。その時も答えを導き出すヒントのようなものを子どもと一緒に探すようにしました。ふらふら




一人で自主的に勉強するようになってから個室を与えました。プレゼントと称して日本と世界の歴史年表一枚と世界地図を壁に貼ってやりました。ただ貼っておくだけです


意識して覚えようとしたことないのにいつの間にか歴史と世界地図は頭にインプットされていたと先日言っていました。(笑)





個室を与えるタイミングはそのお子さんの性質や勉強への姿勢がある程度定まってからのほうがいいように思います。



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2010年09月13日

レッスン

今日は少し涼しいです。わーい(嬉しい顔)

エアコン無しで過ごせるこの心地良さ。
古いエアコンは風がやさしくないので自然のひんやりした風は、神様から届いたお見舞いのように感じます。かわいい





今日はレッスン(お稽古事)のお話を少し。




我が家でも稽古に通わせました。


3歳になって鈴木メソード
音楽によって子供の心を豊かにし、自信をつけることにあるとしている


という音楽に合わせて体を動かすという教室に通わせました。


しかし、行ってみると教室の雰囲気が暗いとなぁと感じたので直ぐに止めてしまいました。(笑)






それから幼稚園年中組になってピアノに通い始めました。

こちらは私の古い知り合いが教室を開いていたのでそこにお願いしました。


先生は私より4歳ほど若い方で、音楽学校を出て直ぐに教室を開いた方でした。



最初に先生にお願いしたのは、

 1.ピアノで生計を持つようにするつもりはないこと。

 2.技術・技能よりも趣味として音楽を楽しめるレベルにしていただきたいという希望。

 3.発表会に期待することは物怖じしない度胸がつくこと。

 4.母(私)は一切口出ししないので遠慮なくビシバシやってください。

                     というものでした。



ピアノの先生というのは総じて意外と厳しくて、時に生徒の手を叩いたり、練習してこない子には冷たく接したりもします。



子どもの方は練習が嫌いです。




でも、ピアノは好きです。弾けるようになりたいと思っているようです。


その葛藤に子どもはとても苦しい思いをします。



ある時、私は子どもに言いました。

「ピアノの先生のところに行くだけで、ピアノは上手くはならないのよ」

「弾けるようになるにはあなたが練習しなきゃ先生はどうすることもできないの」

「先生は練習場を提供しているわけじゃないのよ」

「あなたが自分の努力で弾けるようになる練習をして、それをみて聞いて下さっているのよ」


「練習しないなら、練習していないならレッスン日に行っても失礼なだけよ。」


「そんなに練習がイヤならもうピアノは諦めなさい どんっ(衝撃)


最後はこうなってましたよ。(笑)



結局、趣味で楽しむレベルにはなったのでした。


ピアノは指と耳と楽譜を読む頭を使う訓練ですから、とてもいいお稽古事なんですよ。


それから、プールにも通いました。


こちらも多少泳げる程度。


英語教室も通いました。

小学校の低学年の時、夏特訓とやらでガンガン詰め込もうとするのでこちらも直ぐに止めました。

若い女性の先生から「宿題をちゃんとしてこないのは如何なものか」と私がお叱りを受けました。


夏休みは自由研究と読書で伸び伸び勉強させてやりたい時、
英語詰めにしては可哀想だと思ったのです。



私は、小学生の間は色々なレッスン事に通わせましたが、この子が何に興味を示したか、何を楽しんだか、ピアノのように練習はイヤだけど根性を発揮して取り組んだか・・・などの判断材料から何に向いているかの方向性を見極めることに役立たせました。



又、これらの経験がその後の子どもの人生になんらかの作用をもたらすことも多いようです。


子どもの様子を見ながら頑張らせどころや向き不向きを見極める親の姿勢も磨かれる所だとも思います。


スポーツ会では小学性の頃から既に資質の芽を伸ばす必要があるようです。



ご近所で卓球でスカウトされた女の子さんは、小学生の頃から握力が抜きん出ていたそうです。勿論、根性も負けん気も強かったです。d(@^∇゚)/♪




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2010年09月08日

性格形成・人格形成

子どもの性格・人格形成について考えたことがありますか?

明るいとか暗いとか言われる性格ですが、生まれ持ったものという考えが普通です。


しかし、私は後天的要因のほうが性格や人格に大きく関わるのではないかと考えました。


そこで27年前、心理学からその答えを導き出そうと探して見つけたのがピアジェという先生でした。(1896−1980)


ピアジェは子供たちを見ていて、その発達に何かしらの流れみたいなものを見出し、そこから有名なピアジェの発達段階を生みだした人でした。


発達心理学はここから大きく飛躍しました。
それまで多くのお母さんが漠然と持っていた赤ちゃんの発達に対する知恵が検証され実証されました。




心理学では「人格 personality」、「性格 character」と捉える所から人格は「環境によって変わることがありえる」ととらえるのに対し、性格は「生得的で変えるのが難しいもの」というニュアンスがあるそうです。


1. この人格をさらに細かく見ると・・・遺伝的な「気質」

2.その上に発達によって獲得する「性格」

3.その上に仕事上のキャラクターなどの「社会的性格」


人格は環境との関係により作られ、変わる。

性格は生得的で変えにくい、ということになっています。

気質は、環境との相互作用の上に気質が成り立っている。

環境との相互作用の上に気質が成り立っており
生得的特徴 x 環境要因 = 性格 という説は興味深いとです。






以上、難しい話でごめんなさい。<(_ _)>






気質は遺伝や土地柄に左右されるのではないかと思います。

海辺に生まれた子と山間部で生まれた子は、そこに吹く風が違いますし、匂いも食べ物も違います。周りの大人の気質も違いますから当然のようにその土地柄に則した雰囲気になることは想像できますよね。


でも、同じ土地に生まれ同じ親のもとに生まれた子でも性格は違います。


短気な子もいれば、おっとりした子もいます。

叱られて萎む子もいれば、反発する子もいます。



これが、生まれた環境や時によって違ってくる性格ですね。


季節や血液型でも違いますし、長男・長女、真中子、末っ子、一人っ子でも違います。


親の経済状態の違いも反映されますし、親の経験値でも違った性格の子に成長します。







ならば、その資質に作用する環境として、親と子の関わり方も環境として捉えることができるのではないか。


親がおっとり接していればその影響を多少なりとも子どもは受け。


親が音楽を聴くことが趣味ならば、その環境下で育つ子は否が応でも音楽を聞きながら育ち、音感や聴覚を発達させる。



演歌好きの親の元で演歌を聴きながら育った子と、ビートルズを聴きながら育った子は何処となくセンスが違うという風に。



そうやって性格は形成されていく。



優しく愛されて育った子は優しく愛することを肌で覚え、そのように子を愛する人になる。



愛されずに育った子は、愛し方が分からず不器用になる。また、何らかの作用や要因でもそれは起こりうることです。


それを救う手立てが人格です。

「人格は環境との関係により作られ、変わる。」




そこで思いますことは、親の姿勢です。


どんな環境下であっても、親が毅然と家族(子ども)を守る姿勢を貫く姿を見て子供は育ちます。



親を信頼し安定した心理状態で育つ子どもは、性格形成・人格形成がスムーズに進みやすいのではないかと思うのです。


そして、どう人格形成を行えば自分にとってベストかを掴むことができるのではなか。または、自然とその方向へ無意識に進む。





性格形成や人格形成に家族や環境が全てではないが大きく関与することを思えば、子どもへの接し方も少し違ってくるかもしれません。




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posted by manma at 17:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月31日

指先のこと

今日は指先からどんどん賢くなる話です。

モンテッソーリ教育は指先を使ってお仕事と称する作業を通してステップアップするものでした。


お皿に入った豆を箸で摘まんで、もう一つの更に異動する。

ボタンとボタンホールがいくつか並んだボードを使ってボタン通し。

胡麻をすりこぎでつぶす胡麻すり。

胡瓜を洗ってまな板に載せ、胡瓜を押さえてピーラーで剥く作業。

ビーズ1個を10個繋げて10を認識させ、更にそれらを長く繋いだり正方形・立法体にしたりして数の認識をイメージさせる。

etc

全て小さい幼児が小さい指先で認識してゆく作業でした。

専門書を少し読みましたが、決して無理強いをしてはいけない。子供が自ら興味を示し、黙ってその作業を行う姿勢を見守ること。と書いてあったこと印象的でした。

これは発達心理学の方が言われている事とも一致します。



しかし、先生によってはこの大切なことを見逃していて失敗することもあるようです。

うちの子はこのモンテッソーリ教育が合っていたようで、喜んで教材に向かいましたが、地味で器用さを要求する作業を嫌う子も多くいます。

私は嫌がることはさせないほうがいいと思います。子供は我儘だと思われているふしが有りますが、決して我儘ではありません。

素直に自分の成長に今、必要な物を的確に選んでいます。
大人が無理やり押し付けることは返って逆効果です。



クラスの中には「あんなことしないで外で元気にボール蹴ってるほうが体の為にもいいわ」と言っておられる親御さんがいらっしゃいました。

その通りだと思います。

しかし、指先の感覚は大人になってとても重要です。男性でも外科医は指先のお仕事です。物を作る人というのは指先の感覚が命です。


小さいときに指で色々な感触を覚え、力加減なども体で覚えることはとても大切なことだと思います。



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posted by manma at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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