すっかり秋になっていしまいました。
昨日までは、かなり寒く感じていたのですが、今日は小春日和です。
さて、今日は反抗期について。
反抗期というのは自我の目覚めです。
他人と自分いう構図を理解し、自立した自分をイメージできるようになった時に起こります。
第一反抗期は可愛いもので、「自分でするもん!」「お手伝いできるもん!」「イヤだ!」という自分の意志を明確に示す態度をとりはじめます。
第二反抗期は十歳代から二十歳代に数年訪れます。
自我同一性、つまり自分は結局のところ誰で、どこから来て、結局どこへ行くんだろう?と考える過程で生じる苦悩が心の中の奥深い所で湧き上がる苦悶の時期です。
平たく言えば、自己を確立し認める作業の工程で、家庭の中の自分、社会のなかの自分、両親にとっての自分、学校における自分を自覚し自己肯定や自己否定、他者否定・肯定を行いながら自分を認識していく時ということになります。
親はこの成長段階において、子どもの変化に戸惑いがちです。
慌てることなく、自己を確立している事を理解して見守ることが肝要ですが、他者否定で両親や教師に対して攻撃的になることがあります。
まだまだ、狭い思慮思惑の中で考えを廻らせているのですから壁にぶち当たる事も多いです。
そんな時は、視野を広げる知恵を授けてやると新たな境地に至り子どもは救われます。
例えば書物を紹介する、ボランティアを勧めてみる、小さな冒険に出してみる。
中には自分の苛立ちが何が原因なのかを知らないで苦悶している子供もいます。
自分探しの芽を少し刺激してやることで、行く方向性が見出せるかもしれません。
又、社会や大人に対して敵対的態度を取る子供もいます。
特に自我の強い子に見られます。正義感や倫理観、歴史的思想、市井の中の真実、・・・自我の強い子どもへの刺激は世の中に溢れています。それらから学ぶことで強い自我を捉えることができるかもしれません。
自己同一性の答えは自分で出すものです。
自分はいったい何物なのか。
ひとりで考えたい時期なのです。そっと見守ってやってください。
「winの反抗と抵抗」というブログを書き始めて3年が立ちました。winは18歳になる猫の名前です。manmaは夫が私に使う呼び名です。 ごく一般的な母のつもりで子育てをしてきたのですが、27年の歳月の結果は意外と普通ではなかった。(笑) しかし、今求められている子育てのヒントがありそう・・・なんておこがましくも考え、少しでもお役に立てたなら嬉しいとな思っています。(^^ゞ
2010年11月11日
2010年10月26日
自分の子供なのに愛せない
新聞の相談窓口に寄せられた30代の女性のお話
その質問に評論家岡田斗司夫さんが下のようなコメントをされていました。
見事なアドバイスだと思いました。
子育てに苦しむ母親の多くの悩みの本質は、子どもを愛せないことだと私も思います。
多く人が、人間という動物は子どもを産んだら直ぐに母親の本能を目覚めさせ難なく自然に子育てが出来るものだと思っています。
違うんです。
生殖出産は本能と自然の摂理で出来ますが、育児は本能の中にありません。
赤ちゃんを可愛いと感じるのはどの動物にもみられる感情です。どの動物も犬や猫ライオンやアザラシの赤ちゃんをみれば人間と同じように可愛いと感じるようです。
それと育てようとする気持ちは違います。
育児は育てようと思う意志の上に成り立ちます。
それとわが子に対する愛情とは違います。
わが子を可愛い何物にも変え難い大切な者と感じるのは、育てていくうちに親の中に育つ感情です。
特に男性は「あらぁ、お父さんによく似てるね
」なんて言われるうちに特定の可愛さになってくるようです。
親を赤ちゃんが認識し微笑み喜ぶ姿を見て、たまらなく愛おしくなる。
子どもを産んでも責任感やモラルに押し潰されて可愛いという感情はなかなか出てこないのが普通なんです。
3人目を産んだママが一様に仰るのが
「やっと可愛さが湧いた」
「直ぐに大きくなるンだよね、ゆっくり育って欲しいわ」
という言葉。
なんとも羨ましい。
一人目なんてそんなゆとりは露ほどもなく、ハラハラドキドキの毎日です。
その、ハラハラドキドキを慰めてくれるのは先輩方のアドバイス。
子育ては受け継がれる知識なんです。
体の洗い方(沐浴)、抱っこ、おんぶ、離乳食、知育、これらは見て聞いて知るものです。
今は病院で産んで、病院での産後の一週間で授乳や沐浴の講習を受けて家で実践。育児書片手に悪戦苦闘することも多いです。
大昔は、産婆さんが家に来て出産を手伝い、親切に手取り足取り教えてくれていました。
その様子を兄弟は見ていましたし、大人の女性達は横のつながりを大切にして助け合っていました。又、赤ちゃんの数も多かった。近所に赤ちゃんの鳴き声が常にあったようにも思います。
それらの様子を子供は見ていましたから見様見真似で抱き方や寝かせ方も学習していたわけです。
育児不安は大きな社会現象と言っていいかもしれません。
問題解決の糸口は育児不安の主である母親ではなく、その母親を取り巻く環境の方だと思います。
昔、産後に本を読んではいけない、興奮させてはいけないと色々な配慮をしてくれたものです。血が逆流するような勢いで出産をした母親は3週間は安静にしておかなければノイローゼになりやすいと、実家や婚家の親達が総出で手伝ってくれました。
今は、爺婆が不甲斐ないです。
この相談者さんのように親に頼れない。
親からの仕打ちに傷つき、親から学ぶ親学を伝授されずに親になり不安やトラウマを抱えた若いパパママ達が多い。
親として育つことでそれを克服しなさい。
不甲斐ない親以上の人間性を持ちなさいと岡田氏は説いています。
深いですね。
妊娠をきっかけに同棲相手は去り、一人で産み育てているが親から受けた暴力が精神の根っこにある相談者は、親に頼ることが精神的に困難である。
そんな相談者が一人で子供を育てることの葛藤(子どもを育てることを生甲斐としたいのに自分の根源を否定したまま育てることの矛盾)を訴えるものでした。
その質問に評論家岡田斗司夫さんが下のようなコメントをされていました。
あなたは「自分自身を認められない」「安心した気持ちになれない」という状態。
だから、「愛情が注げない」んです。
実はあなたは自分の子供が好きではない。なのに、無理して育児している。だから辛い。問題の本質はここです。
この状態で「良い母親」になろうとしても苦しいだけ。
逃げ場がないんですね。
大事なのは、心の復活です。
自分を責めたり、生まれてしまった子どもを責めたりする気持ちから、いかに立ち直るか。
中略
子どもは、全面的に保護者の助けを必要とします。あなたがいなければ生きていけない。
あなたを全肯定し、求めてくれます。あなたが親や彼氏に求めても与えてくれなかった「本当の愛情」が、ここにあります。
頼られて、圧倒的に求められることは、とても自分にパワーを与えてくれます。癒しになります。
同時に、子育ては非常に大変で、逃げたくても逃げられない人間関係です。これはとても厳しい心の鍛錬になり、あなたが両親や彼氏のトラウマから立ち直るチカラになるでしょう。
子どものために育児しなくていいんです。子どもを今は好きにならなくてもかまわない。
ずるい気持ちで「自分のリハビリのため、子供を利用する」と考えてかまいません。
中略
ムシャクシャするときは子どもに怒鳴ってもいいんですよ。そうすればなぜ、母が昔あなたに怒鳴ったか理解できる。母を許して過去の自分と仲直りできる。そんな道具に子どもを利用してください。
後略
見事なアドバイスだと思いました。
子育てに苦しむ母親の多くの悩みの本質は、子どもを愛せないことだと私も思います。
多く人が、人間という動物は子どもを産んだら直ぐに母親の本能を目覚めさせ難なく自然に子育てが出来るものだと思っています。
違うんです。
生殖出産は本能と自然の摂理で出来ますが、育児は本能の中にありません。
赤ちゃんを可愛いと感じるのはどの動物にもみられる感情です。どの動物も犬や猫ライオンやアザラシの赤ちゃんをみれば人間と同じように可愛いと感じるようです。
それと育てようとする気持ちは違います。
育児は育てようと思う意志の上に成り立ちます。
それとわが子に対する愛情とは違います。
わが子を可愛い何物にも変え難い大切な者と感じるのは、育てていくうちに親の中に育つ感情です。
特に男性は「あらぁ、お父さんによく似てるね
親を赤ちゃんが認識し微笑み喜ぶ姿を見て、たまらなく愛おしくなる。
子どもを産んでも責任感やモラルに押し潰されて可愛いという感情はなかなか出てこないのが普通なんです。
3人目を産んだママが一様に仰るのが
「やっと可愛さが湧いた」
「直ぐに大きくなるンだよね、ゆっくり育って欲しいわ」
という言葉。
なんとも羨ましい。
一人目なんてそんなゆとりは露ほどもなく、ハラハラドキドキの毎日です。
その、ハラハラドキドキを慰めてくれるのは先輩方のアドバイス。
子育ては受け継がれる知識なんです。
体の洗い方(沐浴)、抱っこ、おんぶ、離乳食、知育、これらは見て聞いて知るものです。
今は病院で産んで、病院での産後の一週間で授乳や沐浴の講習を受けて家で実践。育児書片手に悪戦苦闘することも多いです。
大昔は、産婆さんが家に来て出産を手伝い、親切に手取り足取り教えてくれていました。
その様子を兄弟は見ていましたし、大人の女性達は横のつながりを大切にして助け合っていました。又、赤ちゃんの数も多かった。近所に赤ちゃんの鳴き声が常にあったようにも思います。
それらの様子を子供は見ていましたから見様見真似で抱き方や寝かせ方も学習していたわけです。
育児不安は大きな社会現象と言っていいかもしれません。
問題解決の糸口は育児不安の主である母親ではなく、その母親を取り巻く環境の方だと思います。
昔、産後に本を読んではいけない、興奮させてはいけないと色々な配慮をしてくれたものです。血が逆流するような勢いで出産をした母親は3週間は安静にしておかなければノイローゼになりやすいと、実家や婚家の親達が総出で手伝ってくれました。
今は、爺婆が不甲斐ないです。
この相談者さんのように親に頼れない。
親からの仕打ちに傷つき、親から学ぶ親学を伝授されずに親になり不安やトラウマを抱えた若いパパママ達が多い。
親として育つことでそれを克服しなさい。
不甲斐ない親以上の人間性を持ちなさいと岡田氏は説いています。
深いですね。
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2010年09月20日
子ども部屋
0歳〜3歳位までの子どもは親の視線や声の範囲の外にまで行動範囲を広げようとはしません。
他の動物同様に命の危険を本能的に察しているように思います。
しかし、うちの子が小さいとき、冒険心旺盛なお子さんがいてヨチヨチ歩きの頃三輪車にまたがり(漕げない
)町内を一人で歩く男の子がいました。
静かな住宅街でしたから親御さんも気にしていらっしゃらない様子でした。
お医者さんのお子さんでしたからとても興味を感じて、複雑な立体図とその展開図を示した絵本を見せたところ全て正解でした。まだ2歳でした。言葉はほとんどしゃべれませんでしたが興味の芽は確かに伸びているようで、冒険心と興味が本能的な不安を消し去ったようで、頼もしく思ったものです。
さて、子ども部屋。
我が家では、子ども部屋として個室を与えたのは小学校高学年になってからです。
それまでは目の届く範囲に勉強机を置いてそこで宿題をさせました。
決して親が横に着いて勉強を強要したりしません。
子どもの後姿で集中力を見ていました。
子どもは遊びに行きたければ集中してスピーディーに宿題のノルマを終わらせようとします。
雑にならないよう見守ることも大切だと思っていました。
親が子どもの様子を見るポイントは宿題の中身ではなく、後姿から読み取れる勉強への姿勢と気持ちだと思います。
親は勉強の中身を見てやる必要は無い。と思っていました。
公立の小学校の授業に付いて行けないならば塾に行かせることも考えなければなりませんが、「親は教えないよ」と言ってしまうと子どもは授業を一生懸命に聞くようです。
そうすると、頼れるのは先生だけになりますからしっかり授業を聞く状況が自然に生まれます。親は楽です。
机で宿題に集中する癖が着く事は親に取っても楽です。
「宿題だけは必ずはしなさいよ」と指導しました。
あとは自由にさせました。
ドリルが要るなと子どもが思えば買ってくれというでしょうし、お友達が公文に行っているから自分も行きたいと思えば「行きたい」と言うだろうと思っていました。
リビングのテーブルで宿題を広げられると見なくていいものが見えてしまうのでついつい要らぬ口出しをしてしまいますが、少し離れた場所だと過干渉にならずに済みます。
一人で自主的に勉強するようになってから個室を与えました。プレゼントと称して日本と世界の歴史年表一枚と世界地図を壁に貼ってやりました。ただ貼っておくだけです。
意識して覚えようとしたことないのにいつの間にか歴史と世界地図は頭にインプットされていたと先日言っていました。(笑)
個室を与えるタイミングはそのお子さんの性質や勉強への姿勢がある程度定まってからのほうがいいように思います。
他の動物同様に命の危険を本能的に察しているように思います。
しかし、うちの子が小さいとき、冒険心旺盛なお子さんがいてヨチヨチ歩きの頃三輪車にまたがり(漕げない
静かな住宅街でしたから親御さんも気にしていらっしゃらない様子でした。
お医者さんのお子さんでしたからとても興味を感じて、複雑な立体図とその展開図を示した絵本を見せたところ全て正解でした。まだ2歳でした。言葉はほとんどしゃべれませんでしたが興味の芽は確かに伸びているようで、冒険心と興味が本能的な不安を消し去ったようで、頼もしく思ったものです。
さて、子ども部屋。
我が家では、子ども部屋として個室を与えたのは小学校高学年になってからです。
それまでは目の届く範囲に勉強机を置いてそこで宿題をさせました。
決して親が横に着いて勉強を強要したりしません。
子どもの後姿で集中力を見ていました。
子どもは遊びに行きたければ集中してスピーディーに宿題のノルマを終わらせようとします。
雑にならないよう見守ることも大切だと思っていました。
親が子どもの様子を見るポイントは宿題の中身ではなく、後姿から読み取れる勉強への姿勢と気持ちだと思います。
親は勉強の中身を見てやる必要は無い。と思っていました。
公立の小学校の授業に付いて行けないならば塾に行かせることも考えなければなりませんが、「親は教えないよ」と言ってしまうと子どもは授業を一生懸命に聞くようです。
そうすると、頼れるのは先生だけになりますからしっかり授業を聞く状況が自然に生まれます。親は楽です。
机で宿題に集中する癖が着く事は親に取っても楽です。
「宿題だけは必ずはしなさいよ」と指導しました。
あとは自由にさせました。
ドリルが要るなと子どもが思えば買ってくれというでしょうし、お友達が公文に行っているから自分も行きたいと思えば「行きたい」と言うだろうと思っていました。
両方とも一度も要求されることはありませんでしたが、算数で85点を取ったとき泣いて悔しがりましたので、ドリルをしなさいと買い与えたことがあります。
結局2.3ページであとは真っ白。
腹が立ちました。(笑)
その後、中学受験塾で算数がトップレベルでは到底ないことが分かり公文に行かせましたが、泣いて抵抗して、挙句の果ては公園で遊んでいたようです。
これで、私は理数系の道は無いなと悟りました。(笑)
リビングのテーブルで宿題を広げられると見なくていいものが見えてしまうのでついつい要らぬ口出しをしてしまいますが、少し離れた場所だと過干渉にならずに済みます。
ただ、中学受験の塾に行くようになって難問奇問に取り組む時は親も少し困りました。その時も答えを導き出すヒントのようなものを子どもと一緒に探すようにしました。
一人で自主的に勉強するようになってから個室を与えました。プレゼントと称して日本と世界の歴史年表一枚と世界地図を壁に貼ってやりました。ただ貼っておくだけです。
意識して覚えようとしたことないのにいつの間にか歴史と世界地図は頭にインプットされていたと先日言っていました。(笑)
個室を与えるタイミングはそのお子さんの性質や勉強への姿勢がある程度定まってからのほうがいいように思います。
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2010年09月13日
レッスン
今日は少し涼しいです。
エアコン無しで過ごせるこの心地良さ。
古いエアコンは風がやさしくないので自然のひんやりした風は、神様から届いたお見舞いのように感じます。
今日はレッスン(お稽古事)のお話を少し。
我が家でも稽古に通わせました。
3歳になって鈴木メソード
という音楽に合わせて体を動かすという教室に通わせました。
しかし、行ってみると教室の雰囲気が暗いとなぁと感じたので直ぐに止めてしまいました。(笑)
それから幼稚園年中組になってピアノに通い始めました。
こちらは私の古い知り合いが教室を開いていたのでそこにお願いしました。
先生は私より4歳ほど若い方で、音楽学校を出て直ぐに教室を開いた方でした。
最初に先生にお願いしたのは、
1.ピアノで生計を持つようにするつもりはないこと。
2.技術・技能よりも趣味として音楽を楽しめるレベルにしていただきたいという希望。
3.発表会に期待することは物怖じしない度胸がつくこと。
4.母(私)は一切口出ししないので遠慮なくビシバシやってください。
というものでした。
ピアノの先生というのは総じて意外と厳しくて、時に生徒の手を叩いたり、練習してこない子には冷たく接したりもします。
子どもの方は練習が嫌いです。
でも、ピアノは好きです。弾けるようになりたいと思っているようです。
その葛藤に子どもはとても苦しい思いをします。
ある時、私は子どもに言いました。
「ピアノの先生のところに行くだけで、ピアノは上手くはならないのよ」
「弾けるようになるにはあなたが練習しなきゃ先生はどうすることもできないの」
「先生は練習場を提供しているわけじゃないのよ」
「あなたが自分の努力で弾けるようになる練習をして、それをみて聞いて下さっているのよ」
「練習しないなら、練習していないならレッスン日に行っても失礼なだけよ。」
「そんなに練習がイヤならもうピアノは諦めなさい
」
最後はこうなってましたよ。(笑)
結局、趣味で楽しむレベルにはなったのでした。
ピアノは指と耳と楽譜を読む頭を使う訓練ですから、とてもいいお稽古事なんですよ。
それから、プールにも通いました。
こちらも多少泳げる程度。
英語教室も通いました。
小学校の低学年の時、夏特訓とやらでガンガン詰め込もうとするのでこちらも直ぐに止めました。
若い女性の先生から「宿題をちゃんとしてこないのは如何なものか」と私がお叱りを受けました。
夏休みは自由研究と読書で伸び伸び勉強させてやりたい時、
英語詰めにしては可哀想だと思ったのです。
私は、小学生の間は色々なレッスン事に通わせましたが、この子が何に興味を示したか、何を楽しんだか、ピアノのように練習はイヤだけど根性を発揮して取り組んだか・・・などの判断材料から何に向いているかの方向性を見極めることに役立たせました。
又、これらの経験がその後の子どもの人生になんらかの作用をもたらすことも多いようです。
子どもの様子を見ながら頑張らせどころや向き不向きを見極める親の姿勢も磨かれる所だとも思います。
スポーツ会では小学性の頃から既に資質の芽を伸ばす必要があるようです。
ご近所で卓球でスカウトされた女の子さんは、小学生の頃から握力が抜きん出ていたそうです。勿論、根性も負けん気も強かったです。d(@^∇゚)/♪
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エアコン無しで過ごせるこの心地良さ。
古いエアコンは風がやさしくないので自然のひんやりした風は、神様から届いたお見舞いのように感じます。
今日はレッスン(お稽古事)のお話を少し。
我が家でも稽古に通わせました。
3歳になって鈴木メソード
音楽によって子供の心を豊かにし、自信をつけることにあるとしている
という音楽に合わせて体を動かすという教室に通わせました。
しかし、行ってみると教室の雰囲気が暗いとなぁと感じたので直ぐに止めてしまいました。(笑)
それから幼稚園年中組になってピアノに通い始めました。
こちらは私の古い知り合いが教室を開いていたのでそこにお願いしました。
先生は私より4歳ほど若い方で、音楽学校を出て直ぐに教室を開いた方でした。
最初に先生にお願いしたのは、
1.ピアノで生計を持つようにするつもりはないこと。
2.技術・技能よりも趣味として音楽を楽しめるレベルにしていただきたいという希望。
3.発表会に期待することは物怖じしない度胸がつくこと。
4.母(私)は一切口出ししないので遠慮なくビシバシやってください。
というものでした。
ピアノの先生というのは総じて意外と厳しくて、時に生徒の手を叩いたり、練習してこない子には冷たく接したりもします。
子どもの方は練習が嫌いです。
でも、ピアノは好きです。弾けるようになりたいと思っているようです。
その葛藤に子どもはとても苦しい思いをします。
ある時、私は子どもに言いました。
「ピアノの先生のところに行くだけで、ピアノは上手くはならないのよ」
「弾けるようになるにはあなたが練習しなきゃ先生はどうすることもできないの」
「先生は練習場を提供しているわけじゃないのよ」
「あなたが自分の努力で弾けるようになる練習をして、それをみて聞いて下さっているのよ」
「練習しないなら、練習していないならレッスン日に行っても失礼なだけよ。」
「そんなに練習がイヤならもうピアノは諦めなさい
最後はこうなってましたよ。(笑)
結局、趣味で楽しむレベルにはなったのでした。
ピアノは指と耳と楽譜を読む頭を使う訓練ですから、とてもいいお稽古事なんですよ。
それから、プールにも通いました。
こちらも多少泳げる程度。
英語教室も通いました。
小学校の低学年の時、夏特訓とやらでガンガン詰め込もうとするのでこちらも直ぐに止めました。
若い女性の先生から「宿題をちゃんとしてこないのは如何なものか」と私がお叱りを受けました。
夏休みは自由研究と読書で伸び伸び勉強させてやりたい時、
英語詰めにしては可哀想だと思ったのです。
私は、小学生の間は色々なレッスン事に通わせましたが、この子が何に興味を示したか、何を楽しんだか、ピアノのように練習はイヤだけど根性を発揮して取り組んだか・・・などの判断材料から何に向いているかの方向性を見極めることに役立たせました。
又、これらの経験がその後の子どもの人生になんらかの作用をもたらすことも多いようです。
子どもの様子を見ながら頑張らせどころや向き不向きを見極める親の姿勢も磨かれる所だとも思います。
スポーツ会では小学性の頃から既に資質の芽を伸ばす必要があるようです。
ご近所で卓球でスカウトされた女の子さんは、小学生の頃から握力が抜きん出ていたそうです。勿論、根性も負けん気も強かったです。d(@^∇゚)/♪
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2010年09月08日
性格形成・人格形成
子どもの性格・人格形成について考えたことがありますか?
明るいとか暗いとか言われる性格ですが、生まれ持ったものという考えが普通です。
しかし、私は後天的要因のほうが性格や人格に大きく関わるのではないかと考えました。
そこで27年前、心理学からその答えを導き出そうと探して見つけたのがピアジェという先生でした。(1896−1980)
発達心理学はここから大きく飛躍しました。
それまで多くのお母さんが漠然と持っていた赤ちゃんの発達に対する知恵が検証され実証されました。
以上、難しい話でごめんなさい。<(_ _)>
気質は遺伝や土地柄に左右されるのではないかと思います。
海辺に生まれた子と山間部で生まれた子は、そこに吹く風が違いますし、匂いも食べ物も違います。周りの大人の気質も違いますから当然のようにその土地柄に則した雰囲気になることは想像できますよね。
でも、同じ土地に生まれ同じ親のもとに生まれた子でも性格は違います。
短気な子もいれば、おっとりした子もいます。
叱られて萎む子もいれば、反発する子もいます。
これが、生まれた環境や時によって違ってくる性格ですね。
季節や血液型でも違いますし、長男・長女、真中子、末っ子、一人っ子でも違います。
親の経済状態の違いも反映されますし、親の経験値でも違った性格の子に成長します。
ならば、その資質に作用する環境として、親と子の関わり方も環境として捉えることができるのではないか。
親がおっとり接していればその影響を多少なりとも子どもは受け。
親が音楽を聴くことが趣味ならば、その環境下で育つ子は否が応でも音楽を聞きながら育ち、音感や聴覚を発達させる。
演歌好きの親の元で演歌を聴きながら育った子と、ビートルズを聴きながら育った子は何処となくセンスが違うという風に。
そうやって性格は形成されていく。
優しく愛されて育った子は優しく愛することを肌で覚え、そのように子を愛する人になる。
愛されずに育った子は、愛し方が分からず不器用になる。また、何らかの作用や要因でもそれは起こりうることです。
それを救う手立てが人格です。
「人格は環境との関係により作られ、変わる。」
そこで思いますことは、親の姿勢です。
どんな環境下であっても、親が毅然と家族(子ども)を守る姿勢を貫く姿を見て子供は育ちます。
親を信頼し安定した心理状態で育つ子どもは、性格形成・人格形成がスムーズに進みやすいのではないかと思うのです。
そして、どう人格形成を行えば自分にとってベストかを掴むことができるのではなか。または、自然とその方向へ無意識に進む。
性格形成や人格形成に家族や環境が全てではないが大きく関与することを思えば、子どもへの接し方も少し違ってくるかもしれません。
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明るいとか暗いとか言われる性格ですが、生まれ持ったものという考えが普通です。
しかし、私は後天的要因のほうが性格や人格に大きく関わるのではないかと考えました。
そこで27年前、心理学からその答えを導き出そうと探して見つけたのがピアジェという先生でした。(1896−1980)
ピアジェは子供たちを見ていて、その発達に何かしらの流れみたいなものを見出し、そこから有名なピアジェの発達段階を生みだした人でした。
発達心理学はここから大きく飛躍しました。
それまで多くのお母さんが漠然と持っていた赤ちゃんの発達に対する知恵が検証され実証されました。
心理学では「人格 personality」、「性格 character」と捉える所から人格は「環境によって変わることがありえる」ととらえるのに対し、性格は「生得的で変えるのが難しいもの」というニュアンスがあるそうです。
1. この人格をさらに細かく見ると・・・遺伝的な「気質」
2.その上に発達によって獲得する「性格」
3.その上に仕事上のキャラクターなどの「社会的性格」
人格は環境との関係により作られ、変わる。
性格は生得的で変えにくい、ということになっています。
気質は、環境との相互作用の上に気質が成り立っている。
環境との相互作用の上に気質が成り立っており
生得的特徴 x 環境要因 = 性格 という説は興味深いとです。
以上、難しい話でごめんなさい。<(_ _)>
気質は遺伝や土地柄に左右されるのではないかと思います。
海辺に生まれた子と山間部で生まれた子は、そこに吹く風が違いますし、匂いも食べ物も違います。周りの大人の気質も違いますから当然のようにその土地柄に則した雰囲気になることは想像できますよね。
でも、同じ土地に生まれ同じ親のもとに生まれた子でも性格は違います。
短気な子もいれば、おっとりした子もいます。
叱られて萎む子もいれば、反発する子もいます。
これが、生まれた環境や時によって違ってくる性格ですね。
季節や血液型でも違いますし、長男・長女、真中子、末っ子、一人っ子でも違います。
親の経済状態の違いも反映されますし、親の経験値でも違った性格の子に成長します。
ならば、その資質に作用する環境として、親と子の関わり方も環境として捉えることができるのではないか。
親がおっとり接していればその影響を多少なりとも子どもは受け。
親が音楽を聴くことが趣味ならば、その環境下で育つ子は否が応でも音楽を聞きながら育ち、音感や聴覚を発達させる。
演歌好きの親の元で演歌を聴きながら育った子と、ビートルズを聴きながら育った子は何処となくセンスが違うという風に。
そうやって性格は形成されていく。
優しく愛されて育った子は優しく愛することを肌で覚え、そのように子を愛する人になる。
愛されずに育った子は、愛し方が分からず不器用になる。また、何らかの作用や要因でもそれは起こりうることです。
それを救う手立てが人格です。
「人格は環境との関係により作られ、変わる。」
そこで思いますことは、親の姿勢です。
どんな環境下であっても、親が毅然と家族(子ども)を守る姿勢を貫く姿を見て子供は育ちます。
親を信頼し安定した心理状態で育つ子どもは、性格形成・人格形成がスムーズに進みやすいのではないかと思うのです。
そして、どう人格形成を行えば自分にとってベストかを掴むことができるのではなか。または、自然とその方向へ無意識に進む。
性格形成や人格形成に家族や環境が全てではないが大きく関与することを思えば、子どもへの接し方も少し違ってくるかもしれません。
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